2008年04月07日
【第一回】パラリンピックとは
今日から始まりました、「Road to beijing 2008」。
毎週月曜日、パラリンピックに関する情報やパラリンピックへの思い、車椅子バスケットボールの事、などなど、いろいろと書き綴って行きたいと思っています。
北京パラリンピックが終了する、9月17日(閉会式)まで、みなさんお付き合いください。
さて、北京パラリンピック開催(開会式)まで、あと、152日となりました。
「パラリンピック」と聞いて、ピンと来ない方もいるでしょうから、第一回目の今回は、「パラリンピック」について、ちょっとご説明させていただきます。
パラリンピックとは、4年に1度、オリンピック終了後に、オリンピックと同じ開催都市で行われる、「もう一つの(Parallel)+オリンピック(Olympic)」のことです。オリンピックと一緒で、夏季大会と冬季大会があります。
夏季競技は20種目
●陸上競技 ●水泳 ●車いすテニス ●ボッチャ ●卓球 ●柔道 ●セーリング ●パワーリフティング ●射撃 ●自転車 ●アーチェリー ●馬術 ●ゴールボール ●車いすフェンシング ●車椅子バスケットボール ●視覚障害者5人制サッカー ●脳性麻痺者7人制サッカー ●ウィルチェアーラグビー ●シッティングバレーボール ボート
冬季競技は4種目
●アルペンスキー ●ノルディックスキー ●アイススレッジホッケー ●車いすカーリング
詳しい競技内容については、こちらから→http://www.jsad.or.jp/paralympic/para_events.htm
-パラリンピックの歴史-
英国王立ストーク・マンデビル病院の医師、ルードウィッヒ・グットマン博士が脊髄損傷による車いす患者の治療・訓練の一環としてスポーツを取り入れたことを契機として、1948年、ロンドンオリンピックの開会式の日に病院内でスポーツ大会を開催。
この大会は1952年に国際大会(国際ストーク・マンデビル大会)へと発展し、さらに1960年のローマ大会からは、オリンピック開催年の大会だけはオリンピック開催国で行われるようになった。
当時、出場選手は脊髄損傷による車いす選手だけであったが、後に他の身体障害者も加わるようになった。
1988年のソウル大会からは「パラリンピックス」を大会の公式名称として使用するようになった。
さらに、その翌年の1989年に国際パラリンピック委員会(IPC)が設立され、障害のある選手による世界最高峰の競技大会へと発展していった。
IPC設立後、1960年に開催されたローマ大会を第1回夏季競技大会、1976年にスウェーデンのエーンシェルドスピークで切断者、視覚障害者を対象に行われた冬季大会を第1回冬季大会と位置づけた。
パラリンピックの歴史に関する詳細はこちらから
↓
http://www.jsad.or.jp/q_a/qa_3.htm#aboutpara
ここまでは、「財団法人日本障害者スポーツ協会」のHPより抜粋させていただきました。
さて、パラリンピックについて、少しはご理解していただけたでしょうか?
と言っても、まだまだ、パラリンピックの認知度は低いのが現状です。
先日、パラリンピックの事を多くの方に知ってもらおうと、パラリンピアンズ協会(選手会)とHAPPY JAPAN PROJECT実行委員会の主催で、トークイベントが行われました。
会場には400名近い方が来てくださり、イベントは大成功でした。
ただ、もっと多くの方々に、「パラリンピック」を知ってもらうためには、今まで以上に各競技団体や各競技の選手たちの意識を変えていくことが必要です。
また、各競技団体や選手が積極的にイベントや講演などを行い、社会に「パラリンピック」を発信していくことが重要になってくると思います。
行動を起こさず、何かを変えて行くことなんてできません!まずは行動あるのみです!!
私は現在、小学生や中学生、一般の方々を対象に「夢」「「出会い」「感謝」というテーマで講演活動を行っています。
今までは、どうしても、自分の事だったり、車椅子バスケットボールの事だったりと、「自分」を中心に伝える事が多かったのですが、これからは、「パラリンピック」「パラリンピアン」という事も含めて、多くの人たちに伝えて行きたいと思います。
少しでも「パラリンピック」が多くの人たちに伝わり、「文化」になっていくお手伝いをしていきたい。
その為に、今の自分に何が出来るかを考えて、行動を起こしていこうと思っています。
障害を克服して、障害を受け入れ、そこからまた更なる高みに挑む「パラリンピアン」たち。
心の強さは、オリンピアンにも負けないでしょう。
9月、北京の舞台に立つ「パラリンピアン」達に、是非、注目してみてください。
きっと、何かを感じることができるはずです。
パラリンピックを文化に!
みなさん、ご支援・ご協力、よろしくお願いします。
毎週月曜日、パラリンピックに関する情報やパラリンピックへの思い、車椅子バスケットボールの事、などなど、いろいろと書き綴って行きたいと思っています。
北京パラリンピックが終了する、9月17日(閉会式)まで、みなさんお付き合いください。
さて、北京パラリンピック開催(開会式)まで、あと、152日となりました。
「パラリンピック」と聞いて、ピンと来ない方もいるでしょうから、第一回目の今回は、「パラリンピック」について、ちょっとご説明させていただきます。
パラリンピックとは、4年に1度、オリンピック終了後に、オリンピックと同じ開催都市で行われる、「もう一つの(Parallel)+オリンピック(Olympic)」のことです。オリンピックと一緒で、夏季大会と冬季大会があります。
夏季競技は20種目
●陸上競技 ●水泳 ●車いすテニス ●ボッチャ ●卓球 ●柔道 ●セーリング ●パワーリフティング ●射撃 ●自転車 ●アーチェリー ●馬術 ●ゴールボール ●車いすフェンシング ●車椅子バスケットボール ●視覚障害者5人制サッカー ●脳性麻痺者7人制サッカー ●ウィルチェアーラグビー ●シッティングバレーボール ボート
冬季競技は4種目
●アルペンスキー ●ノルディックスキー ●アイススレッジホッケー ●車いすカーリング
詳しい競技内容については、こちらから→http://www.jsad.or.jp/paralympic/para_events.htm
-パラリンピックの歴史-
英国王立ストーク・マンデビル病院の医師、ルードウィッヒ・グットマン博士が脊髄損傷による車いす患者の治療・訓練の一環としてスポーツを取り入れたことを契機として、1948年、ロンドンオリンピックの開会式の日に病院内でスポーツ大会を開催。
この大会は1952年に国際大会(国際ストーク・マンデビル大会)へと発展し、さらに1960年のローマ大会からは、オリンピック開催年の大会だけはオリンピック開催国で行われるようになった。
当時、出場選手は脊髄損傷による車いす選手だけであったが、後に他の身体障害者も加わるようになった。
1988年のソウル大会からは「パラリンピックス」を大会の公式名称として使用するようになった。
さらに、その翌年の1989年に国際パラリンピック委員会(IPC)が設立され、障害のある選手による世界最高峰の競技大会へと発展していった。
IPC設立後、1960年に開催されたローマ大会を第1回夏季競技大会、1976年にスウェーデンのエーンシェルドスピークで切断者、視覚障害者を対象に行われた冬季大会を第1回冬季大会と位置づけた。
パラリンピックの歴史に関する詳細はこちらから
↓
http://www.jsad.or.jp/q_a/qa_3.htm#aboutpara
ここまでは、「財団法人日本障害者スポーツ協会」のHPより抜粋させていただきました。
さて、パラリンピックについて、少しはご理解していただけたでしょうか?
と言っても、まだまだ、パラリンピックの認知度は低いのが現状です。
先日、パラリンピックの事を多くの方に知ってもらおうと、パラリンピアンズ協会(選手会)とHAPPY JAPAN PROJECT実行委員会の主催で、トークイベントが行われました。
会場には400名近い方が来てくださり、イベントは大成功でした。
ただ、もっと多くの方々に、「パラリンピック」を知ってもらうためには、今まで以上に各競技団体や各競技の選手たちの意識を変えていくことが必要です。
また、各競技団体や選手が積極的にイベントや講演などを行い、社会に「パラリンピック」を発信していくことが重要になってくると思います。
行動を起こさず、何かを変えて行くことなんてできません!まずは行動あるのみです!!
私は現在、小学生や中学生、一般の方々を対象に「夢」「「出会い」「感謝」というテーマで講演活動を行っています。
今までは、どうしても、自分の事だったり、車椅子バスケットボールの事だったりと、「自分」を中心に伝える事が多かったのですが、これからは、「パラリンピック」「パラリンピアン」という事も含めて、多くの人たちに伝えて行きたいと思います。
少しでも「パラリンピック」が多くの人たちに伝わり、「文化」になっていくお手伝いをしていきたい。
その為に、今の自分に何が出来るかを考えて、行動を起こしていこうと思っています。
障害を克服して、障害を受け入れ、そこからまた更なる高みに挑む「パラリンピアン」たち。
心の強さは、オリンピアンにも負けないでしょう。
9月、北京の舞台に立つ「パラリンピアン」達に、是非、注目してみてください。
きっと、何かを感じることができるはずです。
パラリンピックを文化に!
みなさん、ご支援・ご協力、よろしくお願いします。


