2008年06月30日
【第十二回】日本代表の条件

日本代表に必要な条件として、今回は「精神力」「適応力」「想像力」、この3つをあげてみました。
以前、自身のコラムで掲載したものなのですが、ご紹介したいと思います。

「精神力」
どんなに技術的に優れた選手でも精神的に不安になったりすると、なかなかいつもどおりのいいプレーはできないと思います。国際試合などの大舞台になると特にそうです。環境が大きく変わって、普段意識しないようなことも意識してしまいますからね。
事実、私も経験してきました。
例えば、アウェーゲームでのブーイング等でなかなか集中できずに、いつもどおりの自分のプレーができなかったり、また、「絶対に負けられない」とか、「ミスをしたらどうしよう」というようなプレッシャーからプレーの幅が小さくなったりと。

でもこんなことでいつもどおりのプレーができなくなってしまうようでは、到底、世界の舞台でなんて戦えないと思います。
よくスポーツ界の一流選手が、TVのインタビューの中で「なんの不安もありません」とか言っていますが、それはウソだと私は思います。
不安は絶対にあると思うけど、それを克服するだけの手段や方法を知っている(持っている)から、不安はないと言えるんだと思います。

私も強い人間ではないですから、試合前なんて不安で不安で仕方ありません。でもそれを克服するための手段と方法を持っているから、大舞台であってもいつもどおり自分のプレーができるようになったのです。(まだまだ完璧とは言えませんが・・・)
とにかく、日本代表として世界と戦うためには、何ごとにも動じない強い精神力が必要だと思います。


「適応力」
日本代表の合宿では、普段自分のチームでやったことがない練習や戦術的なことなど、いろんなことが要求されてきます。
でも、それをすぐに理解し行動に移すことができなければいけないのが日本代表です。
「やったことがないからわからない」「俺はそんなプレースタイルじゃない」というようなことでは正直レベルは低いと思います。
ヘッドコーチの言うこと(説明)をよく聞いて、十分理解した上で行動に移し、たとえ間違ったプレーをしたとしても、理解するまでヘッドコーチに聞くことが大切なんです。
(※理解するとは、練習の「方法」ではなく、練習の「意図」ですからね!)

私は、わからないことがあれば、自分が納得するまで聞きます。
そういう風にして、ヘッドコーチ(チーム)の求めているものを理解し、それに対して自分を合わせられるようにすることが必要だと思います。

日本代表は生存競争が激しいところです。生存のためにはその環境に応じて自分自身を変化させられるだけのものを持っていなければいけないのです。
ただし、絶対に自分を見失わないこと。だって、自分の良いところ(プレー)を見てくれて、日本代表に選ばれてるわけだから、そのいいプレーを出しながら、チームに適応していくことが日本代表になるために必要だと思います。

他にも海外に行ったときの食事のことだったり、試合会場やロッカールーム等の設備だったり、長時間の移動や突然のアクシデント。それらすべてに適応できるようになれれば最高です!


「想像力」
想像力を養うためによくイメージトレーニングをします。
一流といわれる選手は、大体無意識のうちにイメージトレーニングをやってるんではないでしょうか?
私もよくイメージします。試合前でも試合中でも、寝る前、お風呂に入っているときなんかもね。

例えば、試合中は、パスをもらう前にパスをもらった後のことをイメージします。
それも2つ3つ先まで。それがイメージどおりにいったとき、なんとも言えない快感が襲ってきます。
バスケットやサッカーをテレビなどで見ている時でも、自分がコートに立っている状況を頭の中で作り、「自分ならこうする!」とか「今のはイメージどおり!」など勝手にやってます(笑)

また、最近では北京のコートに立っている自分を常にイメージしています。それを考えただけで、ウキウキワクワクしてきますからね。
そうなれば、自然に「今何をしなければいけないのか?」がわかってきますから、キツイ練習であっても北京のためにがんばれるのです。

よく「プラス思考で・・・」みたいなことを言う人がいますが、間違いではないと思いますが、私は、プラス思考だけでは足りないと思います。
まずは「プラスイメージ(想像)」があって、そのイメージから「プラス感情(ウキウキ)」が生まれ、「プラス思考(考える)」になると思います。(※これは、ある本を読んで共感したものなんですけどね。。)

プレー中にどれだけ多く想像できるか、また、未来の自分をどれだけ想像できるかが日本代表選手には持っていてもらいたいですね。
「想像力(思い描く)」が「創造力(作り出す)」になれば最高です。

これはあくまでも私の意見ですから絶対ではありません。もっと違った考え方や意見があるでしょう。それらを否定するつもりは全くありません。
ただこれは、私が今まで経験してきたことをもとに書いたので、私の中では間違いはないと思います。
日本代表には技術的なことだけでなく、精神的なものや考え方も重要だということなのです。
  

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2008年06月23日
【第十一回】アテネパラリンピック

初めて出場したシドニーパラリンピックから4年。
舞台は、オリンピック発祥の地、“ギリシャ・アテネ”

シドニーパラリンピックが終わってから、アテネパラリンピックまでの間、私は、練習をほとんど休むことはありませんでした。
「シドニーの時と同じ思いは、もう二度としたくない。。」そう思って練習をしてきたし、あの時、自分自身に足りなかったものを、この4年間、必死になって練習してきたのです。

また、シドニーの時とは違い、今度はチームの主力として臨む大会でしたから、気持ちもかなり入っていたのです。

この大会、私が最も印象に残っている試合は、初戦のアメリカ戦とイラン戦、そして決勝トーナメント順位決定戦のアメリカ戦です。

初戦のアメリカ戦。
NBAで有名なアメリカ。車椅子バスケット界でもアメリカは強豪国です。
しかし、アメリカは4年後の北京を見据えた、若手中心のチーム編成だったのです。

いつもなら高さと速さで圧倒してくるアメリカが、若手中心のせいか、ミスを連発。
日本のディフェンスも上手く機能していたということもあり、前半は、日本リードで折り返したのです。

過去の試合を振り返っても、アメリカにリードするということは一度もありませんでした。
確かにアメリカは若手中心でしたが、それ以上に、日本が成長したんだと思いました。
誰もが「やれる、イケる!」と思ったことでしょう。私自身もそう思っていましたから。。

後半に入り、徐々にアメリカがリズムをつかみ出し、逆に日本はイージーミスやシュートミスが続いてしまったのです。
日本の悪い部分が出てしまい、結局、8点差でアメリカに負けてしまったのです。

この試合、本当に勝てると思っていました。勝敗を分けたもの、それは、勝ちへの執念でしょうね。
日本は前半、必死になって戦っていました。
ところが、前半リードで折り返した後半は、気持ちが受けに回ってしまったのです。
逆に、後半、アメリカは「日本に負けられるか!」という気持ちが全面に出ていたような気がします。

日本との初戦に勝利した若手中心のアメリカは、その後、オランダに敗れるものの、予選リーグを1位通過したのです。

一方の日本は、オランダ、ドイツに破れ、後がなくなりました。
※試合順は忘れてしまいましたが・・・。。

そして迎えたイラン戦。
この試合に負けると、決勝トーナメント進出が無くなるという状況。
そう、シドニーの時のスウェーデン戦と同じような状況になったのです。

この試合は絶対に落とせない。シドニーの時と同じ思いはしたくない!
試合前日から、興奮して寝付けなかったことを今でも覚えています。。

そして、試合当日。
とにかく、気持ちで負けない、技術はシドニーの時よりも確実に上がっている。
自分を信じて、仲間を信じて。。。

試合は序盤から日本のペースでした。しかし、イランも決勝トーナメント進出がかかっているので必死でした。
点がなかなか離れない。その時、キャプテンの大島がファールトラブルで交代。
チームの柱を失って、動揺する日本。でも、代わりに入ってきた選手が、活躍して、なんとかリードを保ちました。

ルーズボールを最後まで諦めず、そこからの日本の得点。
試合は完全に日本ペースになりました。

結局、20点近く差をつけての勝利!
なんとか、予選4位で決勝トーナメント進出を決めたのです。

この時の日本の気迫、気持ちが最初からあったら・・・(苦笑)

決勝トーナメント1回戦は、Aグループ1位のカナダと対戦。
世界王者のカナダの「高さ、速さ、力強さ」の前になすすべなく、撃沈してしまった日本。
順位決定戦に回ることになったのです。

ここで対戦する相手が、なんと、グループリーグ初戦で対戦したアメリカ。
グループリーグを1位通過したアメリカは、決勝トーナメント1回戦でイギリスに破れ、順位決定戦に回ってきたのです。

そのアメリカ、初戦から若干メンバーを変えてきていました。
たった一人、ベテラン選手がスタメンに起用されていたのです。
初戦の時には、ベンチに座っていただけだったのに・・・。

そのベテラン選手は、過去何度もアメリカを優勝に導いた選手でした。

それでも、日本はやるべきことをしっかりやるだけ。
一つでも上の順位を目指そうと、みんなで話し合い、この試合に臨みました。

試合が始まると、初戦のアメリカとは比べものにならないくらい、スピード感あるバスケを展開してきました。
たった一人のベテラン選手が、コート内の若手選手に指示を出し、コントロールしているのです。

アメリカの素早いプレッシャーに日本はミスを連発。
全く良いところが出せずに、20点近く差をつけられ負けてしまったのです。

たった一人のベテラン選手。
この選手の存在が、その後、私に変化をもたらしてくれることになるのです。。。


アテネパラリンピック、12チーム中8位。
シドニーパラリンピックから一つ順位を上げましたが・・・。

アテネから帰ってきた後、自身のブログにこんなことを書いていました。

「アテネパラリンピック最終戦(アメリカ戦)終了後、きゃっするは正直、何も考えられませんでした。
ただ、ベンチでチームメイトが涙している姿を見て、「あ~、これで終わったんだ~~」と。
しばらくの間「ボォーっ」としていたら、コートには誰もいなくなっていました。
そして最後にもう一度、アテネのコートをこの目に焼き付けておこうと思って回りを見渡したとき、アテネパラリンピックのために費やしてきた4年分の思いが一気に弾け飛び、思わず涙を流してしまったのです。

悔しい気持ちはあったと思いますが、悔し涙ではなく、この4年間頑張った自分や支えてくれた家族、そして今まで応援してくれた人たちに対する感謝の涙だったと思います。

シドニーパラリンピックが終わった時は、悔し涙を流し、「絶対次のアテネではリベンジするんだ!」という気持ちになって、すぐに「アテネパラリンピック」という目標ができましたが、今回はなかなか目標・目的が頭の中に浮かんできませんでした。
多分、この4年間があまりにも充実しすぎて、少し頭の方も休みたかったんでしょうね~。」と。

しかし、この後、すぐに、アメリカのベテラン選手の存在を思い出したのです。

「北京のときは、37歳。スタメンじゃなくても、ベンチでも良い。とにかく日本チームを支えて行きたい」と。
そして、あんな存在感のある、ベテラン選手に私もなりたいと。


アテネパラリンピックから4年。そして、舞台は「北京」。。

どんなドラマが待っているのか、今から非常に楽しみなのです。。。  

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2008年06月16日
【第十回】シドニーパラリンピック

初めて出場したシドニーパラリンピック。
今でも思い出すのは、初戦のオーストラリア戦と決勝トーナメント進出をかけたスウェーデン戦です。

地元、オーストラリアとの試合前、会場は異様な雰囲気に包まれていました。
20000人近く入る観客席に半分以上は入っていたと思います。本当にたくさんの人が入っていました。

ウォーミングアップでオーストラリアチームが入場してくると、今まで経験したことのない「地響き」がコートを襲いました。
しかし、完全アウェーだろうと、ほとんどの声援がオーストラリアチームに向けられていようと、私は「やっとこの舞台に帰ってくることができた!」と思えたのです。
サッカー時代同様、自分自身が追い求めていた大舞台に。

この時は、体中、鳥肌が立ちました。とにかく嬉しくて嬉しくて、凄く興奮してしまったのです(笑)
こんな最高の舞台で試合ができるとは、事故当時、思ってもいませんでしたから。。

オーストラリアは、前回のアトランタパラリンピックで金メダルを獲得したチームでした。
日本チームとの力の差はあったと思いますが、地元開催のプレッシャーからか、前半は互角の勝負でした。

後半に入り、本来のプレーを取り戻したオーストラリアに力でねじ伏せられ、結局負けてしまいましたけどね。

初めてのパラリンピックの初戦、この時の気持ちは、生涯忘れることはないでしょうね。

続く、2戦目、3戦目、4戦目、は何処と対戦したか全然覚えてないんです。
それだけ、必死で無我夢中だったのでしょうかね??
相手がどうこうより、「1試合、1試合、気持ちで目の前の敵に絶対に負けない!」それだけしか考えてプレーしていませんでした。

正直、この時の私は、技術的な部分で日本代表に残ったというより、メンタルの部分で残っていたようなもんですからね(笑)
シュート場面になっても、打たずに周りの味方を探したり、自らシュート場面に絡まないようにしていましたよ(驚)

今じゃ、全く考えられませんが。。



そんな訳で、予選リーグ最終戦、対スウェーデン戦。
これに勝てば、決勝トーナメント進出が決まる大事な試合でした。

この大会は、毎回ベンチからのスタートでしたが、毎試合必ず出場していました。
ベンチでは相手チームの特徴や選手の癖などを分析しながら、いつでもコートに入れる準備をして出番を待っていたのです。

そして、この試合も途中からの出場。
自分に何ができるか、ベンチでしっかり見ていたので、面白いように自分で思ったことが決まるのです。
流れがよく、これからって時に交代させられ、ふて腐れたことも。。(反省)

しかし、試合の流れはスウェーデンでした。
途中、気持ちの入っていない選手に「渇」を入れ、「ゲキ」を飛ばしたりしましたが、点差を見て諦めたのか、全くプレーに精彩がない。

イライラ、イライラ。
「まだ試合は終わっていないのに、なぜ諦める??これが日本代表か???」

試合終了のブザーが鳴り、コートに倒れこんだ私は、負けた悔しさと、気持ちが入っていない選手たちへの怒りで、コートを殴りつけたのです。
「これが、日本代表?笑わせるな!こんなんじゃねぇ~~!!!!!!」

結局、シドニーパラリンピックは12チーム中9位という成績で幕を閉じました。

しかし、この時の悔しさが、その後の私の行動を変え、日本代表を「絶対に変えてやる!」という、強い意思を芽生えさせてくれたのです。

シドニーパラリンピックから4年。。。
そして私は、再びアテネパラリンピックの舞台に立つことになるのです。  

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