2008年06月09日
【第九回】日本代表への道のり③

先週、先々週に引き続き、日本代表への道のり(最終話)をお話しします。

たった23分間の出場で参加することになった、日本代表選考合宿。
今まで千葉ホークスでやってきた事を試す最高の舞台でした。

今回の合宿の最終日には、シドニーパラリンピックに向けた、アメリカ遠征のメンバー発表もある
ということを聞きていたので、合宿前からかなり気合も入っていました。(笑)

合宿には、全国各地から選ばれた約40名の選手たちが参加していました。
周りを見渡してみると、全国大会などで活躍していた選手たちばかり。。

合宿所に入り、挨拶をすると・・・
思ったとおり、「お前、誰??」といった感じの視線が・・・。。。

でも、サッカー時代から様々な選考合宿を経験していたので、そんな事は全く問題はありませんでしけどね。
むしろ、選考合宿には慣れていたほうなので、何をすべきかは明確でした。

とにかく、自分の持ち味(良さ)をアピールすること!
4年間鍛えてきたディフェンス力と声でのコーチング、そして誰にも負けないメンタル。
それをアピールしようと思っていました。

合宿ではゲーム形式が中心でしたが、みんなそれぞれ平等にプレー時間を与えられました。
試合に飢えていた私は、水を得た魚のように、走り回り、声を出し全力でプレーしました。

食堂での後片付けも積極的に行い、気配りできることをスタッフに猛烈にアピールしたりもしましたしね。(笑)

本当に毎日が必死で、今まで経験したことがないくらい体がバンバンに張っていましたが、
「日本代表に残りたい」という強い気持ちだけでなんとか持ちこたえていました。

そして迎えた最終日、アメリカ遠征のメンバー発表!!!!
その中に、無名の新人「京谷」の名前が入っていたのです。

本当に嬉しかったですね。
今まで下積み生活が長かったけど、我慢して千葉ホークスでプレーしていて良かったと心から思いました。
千葉ホークスの厳しい練習環境でなければ、この舞台に立てることは無かったでしょう。


それから数ヵ月後、アメリカ遠征、「ルーズベルトカップ」という大会に出場することになったのです。

初めての国際試合に間近で見る外国人選手。
最初は、外国人選手の体の大きさ、パワー、スピードに驚きましたが、
気持ちだけは絶対に負けないと決めて試合に臨んでいたので、技術の無さは気合でカバーしていました。

あまりに気合が入りすぎ、前歯を2本折る惨事に見舞われましたが・・・(笑)

このアメリカ遠征で、日本代表には「ハート」が足りないと感じていたので、どの試合もとにかく気持ちでブツかって行きました。

その気持ちの強さは、サッカー時代に培ったものなのです。
日本ユース代表時代の合宿時には、いつも「国際試合はやるか、やられるかの戦争だ!」
みたいなことを言われてきましたからね。

この時ほど、サッカー時代の経験が役に立ったことはありませんでした。

私はこの時、28歳。
真剣に車椅子バスケに取り組んでから、約4年で日本代表の座を勝ち取ったのです。

その翌年には、シドニーパラリンピックに出場し、さらにその4年後にはアテネパラリンピック出場。
そして、今年行われる北京パラリンピックには、日本代表選手団のキャプテンとして出場することに。。

日本代表になるまで、さまざまな道のりがありましたが、
ひとつ言えるのは、とにかく、「諦めず最後まで全力を尽くすという事!」です!!
今置かれている、環境や状況に対して嘆くのではなく、自分自身を信じて、それをやり通す勇気。
「信念を持って行動」すれば、必ず道は切り開けると思います。

そのことを私自身が身をもって経験しているので、間違いはないと思います。

これからも、さまざまな困難や挫折があるかもしれませんが、
自分を信じて、支えてくれる家族や仲間を信じて、最後まで諦めず、「信念を持って行動」して行こうと思っています。

日本代表としての、「自覚」と「責任」と「誇り」を持って。。。
  

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2008年06月02日
【第八回】日本代表への道のり②

先週に引き続き、今回も日本代表への道のりについてお話しします。

シドニーパラリンピックまで、あと1年5ヶ月と迫っていましたが、
いまだにチームでは、試合に出ることはほとんどありませんでした。

試合に出るといえば、点差が開いた試合の残り3分がいいところでした。
それでも、その限られた時間、全力でプレーしていました。


その頃、日本代表候補選手もほぼ固まり、合宿などを重ねていましたが、
チームで試合に出ることの無かった私は、もちろん合宿など呼ばれるはずもありませんでした。

そして、その年の日本車椅子バスケットボール選手権大会。
この大会で自分自身をアピールすることができなければ、シドニーパラリンピック出場という目標が完全に無くなってしまうのです。
※確か合宿参加者の最終選考と言われていました。

大会初戦、全く出番なし。続く準々決勝も出番はありませんでした。
焦りと不安で押しつぶされそうでした。「とにかく試合に出してくれ!」そんな思いで試合を見ていました。

順当に勝ち進んだ千葉ホークスは、翌日の準決勝へと駒を進めました。
この試合のスタメンにも、当然、私の名前はありませんでした。

しかし、ここで奇跡が!!!

試合開始30秒前、ライバル選手が突然鼻血をだしてしまったのです。
鼻血など、ティッシュを詰めていればすぐ止まるはずですが、詰めたティッシュがすぐに真っ赤に。。

審判の笛が鳴り「早くしてください」と。
慌てたヘッドコーチが、「とりあえず、京谷さん出て!」と言うのです。

この時、思いました。
「ついに、チャンスが巡って来た!!!!」と。

そして、「試合に出られるのは、鼻血が止まる十数秒かもしれない。でも、今までやってきたことをここで全て出し切ろう!!!」
そう思い、コートに出たのです。

ところが、ディフェンスでの活躍がチームを勢いづけ、出ている5人が非常に噛み合い、凄くいいリズムに。
結局そのまま前半20分出場し、後半も3分くらい出場することができたのです。

もちろん、試合も勝ち決勝に進みました。。
しかし、決勝では惜しくも負けてしまい準優勝でした・・・。


大会終了後、ある強化指導部の方に呼び止められ、
「日本代表の合宿があるから、参加するように」と合宿の通知を渡されたのです。

誰かが見ててくれたんですね。23分間の私のディフェンスを。。
嬉しくて嬉しくたまりませんでした。

諦めず、最後までやり続ければ、必ずチャンスを掴むことができるということを
この時、改めて思いました。

チームのスタメンでもなく、他のチームの選手から見たら、「お前、誰??」というくらいの選手だった私。

崖っぷちから這い上がってきた私に怖いものはありませんでした。
神様がくれた最大のチャンス!
必ずものにする!と心に誓い、初めての日本代表合宿へと出発するのです。

最終話に続く・・・・  

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