2008年04月14日
【第二回】車椅子バスケットボールとは
今回は、車椅子バスケットボールについてお話します。
【車椅子バスケットボールの歴史】
多くの障害者を生んだ第二次世界大戦後、米英両国で車椅子スポーツが生まれた。バスケットボール発祥の地アメリカでは車椅子バスケットボールが障害者自らの手で情熱を傾ける対象として急速に普及発展し、1949年には全米車椅子バスケットボール協会が設立された。
一方、英国ではストークマンデビル病院のグットマン博士により脊髄損傷者の治療法のひとつとして車椅子ポロやネットボール(バスケットボールの元となったスポーツ)が導入された。
この2つの流れは1950年代後半にひとつとなり、車椅子バスケットボールは競技スポーツとして世界中で盛んになっていった。
車椅子も当初は日常使用のものが用いられていたが、だんだんに競技用のものが工夫され、それにより現在はハイレベルな競技が行われている。
【日本の車椅子バスケットボールの歴史】
日本での同競技の歴史は、1960年に厚生省の派遣でストークマンデビル病院国立脊髄損傷センターに於いてスポーツ・リハビリテーションを学んだ国立別府病院の中村裕博士によって、大分県の国立別府病院で紹介されたのが最初であった。
1961年に同博士の尽力で開催された第1回大分県身体障害者体育大会で車椅子バスケットボールのデモンストレーションが行われた。1963年は第18回国民体育大会(山口県)後の身体障害者体育大会・山口大会でもデモンストレーション試合が行われた。
全国への普及は、1964年に開催された第2回パラリンピック東京大会(the tokyo games for the physically handicapped:paralympic)が契機となり、同競技に参加した選手や関係者によって精力的になされた。
日本での車椅子バスケットボールの歴史は、昭和35年(1960年)ごろ、大分県の国立別府病院や神奈川県の国立箱根療養所などで車椅子バスケットボールが紹介されたのが最初であった。
【車椅子バスケットボールのルール】
車椅子バスケットボールのルールは、車椅子でプレイするために改めた点以外は、コートの大きさ、ゴールの高さ、ボールの大きさ等、すべて一般のバスケットボールと同じです。
車椅子バスケットボールのルール説明はこちらから
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://www.jwbf.gr.jp/rule/rule.htm
【クラス分け】
車椅子バスケットボールの選手には各々障害レベルの重い者の順から1.0~4.5の持ち点が定められており、試合中コート上の5人の持ち点の合計が14.0を超えてはなりません。
このクラス分けの目的は、障害の重い選手も軽い選手も等しく試合に出場するチャンスを与えるためです。仮にこのクラス分け制度がなかったとすると、障害の軽い選手だけでチームを組むことが可能となり、障害の重い選手の出場機会を奪ってしまうことになります。
クラス分けは車椅子駆動、ドリブル、パス、ボールコントロール、シュート、リバウンドなどの動作はもとより、車椅子座位における体幹のバランス能力とボールコントロール範囲に応じて分類されます。このように車椅子バスケットボールでは、それぞれのチーム間の公平性も保っています。
1.0
腹筋・背筋の機能が無く座位バランスがとれない為、背もたれから離れたプレイはできません。体幹の保持やバランスを崩して元の位置に戻す時、上肢(手)を使います。脊髄損傷では第7胸髄損傷以上の選手で、基本的に体幹を回旋する事ができません。
2.0
腹筋・背筋の機能がある程度残存している為、前傾姿勢がとれます。体幹を回旋する事ができる為、ボールを受けたりパスしたりする方向に体幹の上部を向けることができます。脊髄損傷では第10胸髄から第1腰髄損傷までの選手ですが、残存能力には個人差があります。
3.0
下肢にわずかな筋力の残存があり、足を閉じることができます。
骨盤固定が可能となるため深い前傾から手を使わずにすばやく上体を起こすことができます。第2腰髄から第4腰髄損傷の選手及び両大腿切断者で断端長が2分の1以下の選手です。
4.0
股関節の外転を使って、少なくとも片側への体幹の側屈運動ができます。
第5腰髄以下の選手及び両大腿切断で断端長が3分の2以上の選手、また片大腿切断で断端長が3分の2以下の選手です。
4.5
片大腿切断で断端長が3分の2以上の選手や、ごく軽度の下肢障害を持つ選手です。どんな状況であっても両側への体幹の側屈運動が可能です。
0.5ポイントはそれぞれのクラスで上位の運動機能を有する選手に対しプラスされます。
いずれのクラスでも残存能力には個人差があり、また不全麻痺等のプレイヤーも含まれる為、一概に損傷部位で持ち点を決定するのではなく、車椅子バスケットボールの基本的なプレイの能力が判定の主たるポイントとなります。
ここまでは、日本車椅子バスケットボール連盟のHPより抜粋させていただきました。
どうですか?車椅子バスケットボールについて、なんとなくわかっていただけましたでしょうか?
車椅子バスケットボールは、障害者スポーツの中でも「花形スポーツ」と言われています。
アテネパラリンピックでは、車椅子バスケットボール男子の決勝戦が、大会最終日の最終種目になるくらいですからね。
日本国内でも、漫画「リアル」の影響で年々関心が高まり、障害者だけではなく、健常者のプレイヤーも増えてきています。また、健常者のプレイヤーが参加できる大会も開催されていて、障害者、健常者、みんなが楽しめる「スポーツ」へと変わりつつあります。
大学生たちの手によって作られた、「日本車椅子バスケットボール大学連盟(GBP)」
その他にも多くの健常者チームが存在します。
そんな、車椅子バスケットボールの日本最高峰の大会「第37回日本車椅子バスケットボール選手権大会」が、5月2日(木)~5月4日(金)にかけて東京体育館で行われます。
地区予選を勝ち抜いてきた、20チームが「日本一」の座をかけて戦います。※入場は無料です
言葉よりも、まずは会場に来て、試合を観てください!!
絶対に損はさせませんから!!!(笑)
最後に、自分にとっての車椅子バスケットボールとは、、、
「今、一番情熱を持って打ち込める、最大、最強、最高のスポーツ!」です。
第一回ではパラリンピック、第二回では車椅子バスケットボールの説明をさせていただきましたが、
次回からは、私の「思い」を中心に書き綴っていきたいと思います。
お楽しみに!!!!!!!!!!!
【車椅子バスケットボールの歴史】
多くの障害者を生んだ第二次世界大戦後、米英両国で車椅子スポーツが生まれた。バスケットボール発祥の地アメリカでは車椅子バスケットボールが障害者自らの手で情熱を傾ける対象として急速に普及発展し、1949年には全米車椅子バスケットボール協会が設立された。
一方、英国ではストークマンデビル病院のグットマン博士により脊髄損傷者の治療法のひとつとして車椅子ポロやネットボール(バスケットボールの元となったスポーツ)が導入された。
この2つの流れは1950年代後半にひとつとなり、車椅子バスケットボールは競技スポーツとして世界中で盛んになっていった。
車椅子も当初は日常使用のものが用いられていたが、だんだんに競技用のものが工夫され、それにより現在はハイレベルな競技が行われている。
【日本の車椅子バスケットボールの歴史】
日本での同競技の歴史は、1960年に厚生省の派遣でストークマンデビル病院国立脊髄損傷センターに於いてスポーツ・リハビリテーションを学んだ国立別府病院の中村裕博士によって、大分県の国立別府病院で紹介されたのが最初であった。
1961年に同博士の尽力で開催された第1回大分県身体障害者体育大会で車椅子バスケットボールのデモンストレーションが行われた。1963年は第18回国民体育大会(山口県)後の身体障害者体育大会・山口大会でもデモンストレーション試合が行われた。
全国への普及は、1964年に開催された第2回パラリンピック東京大会(the tokyo games for the physically handicapped:paralympic)が契機となり、同競技に参加した選手や関係者によって精力的になされた。
日本での車椅子バスケットボールの歴史は、昭和35年(1960年)ごろ、大分県の国立別府病院や神奈川県の国立箱根療養所などで車椅子バスケットボールが紹介されたのが最初であった。
【車椅子バスケットボールのルール】
車椅子バスケットボールのルールは、車椅子でプレイするために改めた点以外は、コートの大きさ、ゴールの高さ、ボールの大きさ等、すべて一般のバスケットボールと同じです。
車椅子バスケットボールのルール説明はこちらから
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://www.jwbf.gr.jp/rule/rule.htm
【クラス分け】
車椅子バスケットボールの選手には各々障害レベルの重い者の順から1.0~4.5の持ち点が定められており、試合中コート上の5人の持ち点の合計が14.0を超えてはなりません。
このクラス分けの目的は、障害の重い選手も軽い選手も等しく試合に出場するチャンスを与えるためです。仮にこのクラス分け制度がなかったとすると、障害の軽い選手だけでチームを組むことが可能となり、障害の重い選手の出場機会を奪ってしまうことになります。
クラス分けは車椅子駆動、ドリブル、パス、ボールコントロール、シュート、リバウンドなどの動作はもとより、車椅子座位における体幹のバランス能力とボールコントロール範囲に応じて分類されます。このように車椅子バスケットボールでは、それぞれのチーム間の公平性も保っています。
1.0
腹筋・背筋の機能が無く座位バランスがとれない為、背もたれから離れたプレイはできません。体幹の保持やバランスを崩して元の位置に戻す時、上肢(手)を使います。脊髄損傷では第7胸髄損傷以上の選手で、基本的に体幹を回旋する事ができません。
2.0
腹筋・背筋の機能がある程度残存している為、前傾姿勢がとれます。体幹を回旋する事ができる為、ボールを受けたりパスしたりする方向に体幹の上部を向けることができます。脊髄損傷では第10胸髄から第1腰髄損傷までの選手ですが、残存能力には個人差があります。
3.0
下肢にわずかな筋力の残存があり、足を閉じることができます。
骨盤固定が可能となるため深い前傾から手を使わずにすばやく上体を起こすことができます。第2腰髄から第4腰髄損傷の選手及び両大腿切断者で断端長が2分の1以下の選手です。
4.0
股関節の外転を使って、少なくとも片側への体幹の側屈運動ができます。
第5腰髄以下の選手及び両大腿切断で断端長が3分の2以上の選手、また片大腿切断で断端長が3分の2以下の選手です。
4.5
片大腿切断で断端長が3分の2以上の選手や、ごく軽度の下肢障害を持つ選手です。どんな状況であっても両側への体幹の側屈運動が可能です。
0.5ポイントはそれぞれのクラスで上位の運動機能を有する選手に対しプラスされます。
いずれのクラスでも残存能力には個人差があり、また不全麻痺等のプレイヤーも含まれる為、一概に損傷部位で持ち点を決定するのではなく、車椅子バスケットボールの基本的なプレイの能力が判定の主たるポイントとなります。
ここまでは、日本車椅子バスケットボール連盟のHPより抜粋させていただきました。
どうですか?車椅子バスケットボールについて、なんとなくわかっていただけましたでしょうか?
車椅子バスケットボールは、障害者スポーツの中でも「花形スポーツ」と言われています。
アテネパラリンピックでは、車椅子バスケットボール男子の決勝戦が、大会最終日の最終種目になるくらいですからね。
日本国内でも、漫画「リアル」の影響で年々関心が高まり、障害者だけではなく、健常者のプレイヤーも増えてきています。また、健常者のプレイヤーが参加できる大会も開催されていて、障害者、健常者、みんなが楽しめる「スポーツ」へと変わりつつあります。
大学生たちの手によって作られた、「日本車椅子バスケットボール大学連盟(GBP)」
その他にも多くの健常者チームが存在します。
そんな、車椅子バスケットボールの日本最高峰の大会「第37回日本車椅子バスケットボール選手権大会」が、5月2日(木)~5月4日(金)にかけて東京体育館で行われます。
地区予選を勝ち抜いてきた、20チームが「日本一」の座をかけて戦います。※入場は無料です
言葉よりも、まずは会場に来て、試合を観てください!!
絶対に損はさせませんから!!!(笑)
最後に、自分にとっての車椅子バスケットボールとは、、、
「今、一番情熱を持って打ち込める、最大、最強、最高のスポーツ!」です。
第一回ではパラリンピック、第二回では車椅子バスケットボールの説明をさせていただきましたが、
次回からは、私の「思い」を中心に書き綴っていきたいと思います。
お楽しみに!!!!!!!!!!!
Posted by きゃっする
at 10:00
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