2008年05月12日
【第五回】パラリンピックを目指したきっかけ③
今回も先週に引き続き、「パラリンピックを本気で目指したきっかけ」をお話しします。
先々週は、地元室蘭での結婚披露パーティーでの出来事「ホップ」、先週は、藤田俊哉選手の結婚式での出来事「ステップ」までお話ししてきました。
そして、今回は最後の「ジャンプ」です。
ジャンプ。。。それは、「娘の誕生」です!
その日、私は自宅で、病院からの電話を待っていました。
出産予定時間になっても、なかなか電話が鳴らない。。
「何かあったのか?」不安で不安で仕方ありませんでした。。
その時、電話が・・・
「○○病院です。元気な女の子が生まれましたよ~~。」
興奮していた私は、本来なら「ありがとうございます」と言うべきところを、看護師さんに対して「おめでとうございます」と言ってしまったのです。
これは、今でも伝説になっていますが・・・(笑)
その娘を初めて抱きかかえた瞬間、私は「この子の為なら何でもできる!」そう思いました。
親になったら誰でも思うことでしょうね。
それと同時に、自分は障害を持っていて、車椅子の生活をしている。
もしかしたら、私のことでこの子はイジメにあってしまうかもしれない、と考えてしまったのです。
まぁ、そんな弱い子に育てるつもりはありませんでしたが、何か私のことで言い返せるものを作ってあげたいと思ったのです。
プロサッカー選手だったというのは過去の話。
今、この子の成長とともに、自分自身も成長でき、娘に誇りに思ってもらえるもの、また、自分が誇りに思えるものを。。
それは、やはり「パラリンピックに出場する」ことだったのです。
もし、娘に対して「お前の父ちゃん、なんで車椅子なんだ~~」など言われてしまったとき、
「うちのパパ、車椅子だけどオリンピック出たことあるんだよ~」って言い返せたら?
そんな事言ってもらえたら、最高じゃないですか!
とにかく、私は、「娘に誇れるパパになりたかった」のです。
娘のため、家族のため、誰かのために顔晴ることで、すごく力が沸いてきたのです。
娘の誕生とともに、私の車椅子バスケへの取り組み方も変わりました。
1分、1秒も無駄にはできない。そう思い、毎回の練習を全力で行ってきました。
その結果、車椅子バスケを始めて4年で日本代表に選ばれ、シドニーパラリンピックに出場することができたのです。
地元室蘭での結婚披露パーティーでの出来事「ホップ」、藤田俊哉選手の結婚式での出来事「ステップ」、そして、娘の誕生「ジャンプ」。
どれか一つでも欠けていたら、パラリンピックを本気で目指すことは無かったと思います。
ホップで、アスリート魂が呼び起こされ、ステップで、日の丸(日本代表)への思いが強くなり、ジャンプで、パラリンピックというものが明確な目標へと変わって行ったのです。
この3つの出来事は、私にとって最高の出会いです!
余談ですが、娘は現在中学1年生になったばかり。。
その娘が小学生の頃、私は娘の学校へ講演に行ったのです。
夢を持つこと、出会い、そして感謝の気持ちを持つこと。。そして車椅子バスケの実技を生徒達に披露したのです。
学校からいただいた感想文には、「京谷のお父さん、かっこいい」とか、「車椅子でシュートが入ってすごい」など、嬉しい言葉がたくさん書かれていました。
この時、思いました。。
これで、やっと、娘に誇りに思ってもらえるようになったと。。。
何か始める時、必ずきっかけというものがあるはずです。
きっかけ=出会い=チャンス!なのです!!
これからもチャンスを見逃さずに、常に前を向いて走り続けて行こうと思っています。
先々週は、地元室蘭での結婚披露パーティーでの出来事「ホップ」、先週は、藤田俊哉選手の結婚式での出来事「ステップ」までお話ししてきました。
そして、今回は最後の「ジャンプ」です。
ジャンプ。。。それは、「娘の誕生」です!
その日、私は自宅で、病院からの電話を待っていました。
出産予定時間になっても、なかなか電話が鳴らない。。
「何かあったのか?」不安で不安で仕方ありませんでした。。
その時、電話が・・・
「○○病院です。元気な女の子が生まれましたよ~~。」
興奮していた私は、本来なら「ありがとうございます」と言うべきところを、看護師さんに対して「おめでとうございます」と言ってしまったのです。
これは、今でも伝説になっていますが・・・(笑)
その娘を初めて抱きかかえた瞬間、私は「この子の為なら何でもできる!」そう思いました。
親になったら誰でも思うことでしょうね。
それと同時に、自分は障害を持っていて、車椅子の生活をしている。
もしかしたら、私のことでこの子はイジメにあってしまうかもしれない、と考えてしまったのです。
まぁ、そんな弱い子に育てるつもりはありませんでしたが、何か私のことで言い返せるものを作ってあげたいと思ったのです。
プロサッカー選手だったというのは過去の話。
今、この子の成長とともに、自分自身も成長でき、娘に誇りに思ってもらえるもの、また、自分が誇りに思えるものを。。
それは、やはり「パラリンピックに出場する」ことだったのです。
もし、娘に対して「お前の父ちゃん、なんで車椅子なんだ~~」など言われてしまったとき、
「うちのパパ、車椅子だけどオリンピック出たことあるんだよ~」って言い返せたら?
そんな事言ってもらえたら、最高じゃないですか!
とにかく、私は、「娘に誇れるパパになりたかった」のです。
娘のため、家族のため、誰かのために顔晴ることで、すごく力が沸いてきたのです。
娘の誕生とともに、私の車椅子バスケへの取り組み方も変わりました。
1分、1秒も無駄にはできない。そう思い、毎回の練習を全力で行ってきました。
その結果、車椅子バスケを始めて4年で日本代表に選ばれ、シドニーパラリンピックに出場することができたのです。
地元室蘭での結婚披露パーティーでの出来事「ホップ」、藤田俊哉選手の結婚式での出来事「ステップ」、そして、娘の誕生「ジャンプ」。
どれか一つでも欠けていたら、パラリンピックを本気で目指すことは無かったと思います。
ホップで、アスリート魂が呼び起こされ、ステップで、日の丸(日本代表)への思いが強くなり、ジャンプで、パラリンピックというものが明確な目標へと変わって行ったのです。
この3つの出来事は、私にとって最高の出会いです!
余談ですが、娘は現在中学1年生になったばかり。。
その娘が小学生の頃、私は娘の学校へ講演に行ったのです。
夢を持つこと、出会い、そして感謝の気持ちを持つこと。。そして車椅子バスケの実技を生徒達に披露したのです。
学校からいただいた感想文には、「京谷のお父さん、かっこいい」とか、「車椅子でシュートが入ってすごい」など、嬉しい言葉がたくさん書かれていました。
この時、思いました。。
これで、やっと、娘に誇りに思ってもらえるようになったと。。。
何か始める時、必ずきっかけというものがあるはずです。
きっかけ=出会い=チャンス!なのです!!
これからもチャンスを見逃さずに、常に前を向いて走り続けて行こうと思っています。
Posted by きゃっする
at 10:00
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