2008年06月16日
【第十回】シドニーパラリンピック
初めて出場したシドニーパラリンピック。
今でも思い出すのは、初戦のオーストラリア戦と決勝トーナメント進出をかけたスウェーデン戦です。
地元、オーストラリアとの試合前、会場は異様な雰囲気に包まれていました。
20000人近く入る観客席に半分以上は入っていたと思います。本当にたくさんの人が入っていました。
ウォーミングアップでオーストラリアチームが入場してくると、今まで経験したことのない「地響き」がコートを襲いました。
しかし、完全アウェーだろうと、ほとんどの声援がオーストラリアチームに向けられていようと、私は「やっとこの舞台に帰ってくることができた!」と思えたのです。
サッカー時代同様、自分自身が追い求めていた大舞台に。
この時は、体中、鳥肌が立ちました。とにかく嬉しくて嬉しくて、凄く興奮してしまったのです(笑)
こんな最高の舞台で試合ができるとは、事故当時、思ってもいませんでしたから。。
オーストラリアは、前回のアトランタパラリンピックで金メダルを獲得したチームでした。
日本チームとの力の差はあったと思いますが、地元開催のプレッシャーからか、前半は互角の勝負でした。
後半に入り、本来のプレーを取り戻したオーストラリアに力でねじ伏せられ、結局負けてしまいましたけどね。
初めてのパラリンピックの初戦、この時の気持ちは、生涯忘れることはないでしょうね。
続く、2戦目、3戦目、4戦目、は何処と対戦したか全然覚えてないんです。
それだけ、必死で無我夢中だったのでしょうかね??
相手がどうこうより、「1試合、1試合、気持ちで目の前の敵に絶対に負けない!」それだけしか考えてプレーしていませんでした。
正直、この時の私は、技術的な部分で日本代表に残ったというより、メンタルの部分で残っていたようなもんですからね(笑)
シュート場面になっても、打たずに周りの味方を探したり、自らシュート場面に絡まないようにしていましたよ(驚)
今じゃ、全く考えられませんが。。
そんな訳で、予選リーグ最終戦、対スウェーデン戦。
これに勝てば、決勝トーナメント進出が決まる大事な試合でした。
この大会は、毎回ベンチからのスタートでしたが、毎試合必ず出場していました。
ベンチでは相手チームの特徴や選手の癖などを分析しながら、いつでもコートに入れる準備をして出番を待っていたのです。
そして、この試合も途中からの出場。
自分に何ができるか、ベンチでしっかり見ていたので、面白いように自分で思ったことが決まるのです。
流れがよく、これからって時に交代させられ、ふて腐れたことも。。(反省)
しかし、試合の流れはスウェーデンでした。
途中、気持ちの入っていない選手に「渇」を入れ、「ゲキ」を飛ばしたりしましたが、点差を見て諦めたのか、全くプレーに精彩がない。
イライラ、イライラ。
「まだ試合は終わっていないのに、なぜ諦める??これが日本代表か???」
試合終了のブザーが鳴り、コートに倒れこんだ私は、負けた悔しさと、気持ちが入っていない選手たちへの怒りで、コートを殴りつけたのです。
「これが、日本代表?笑わせるな!こんなんじゃねぇ~~!!!!!!」
結局、シドニーパラリンピックは12チーム中9位という成績で幕を閉じました。
しかし、この時の悔しさが、その後の私の行動を変え、日本代表を「絶対に変えてやる!」という、強い意思を芽生えさせてくれたのです。
シドニーパラリンピックから4年。。。
そして私は、再びアテネパラリンピックの舞台に立つことになるのです。
今でも思い出すのは、初戦のオーストラリア戦と決勝トーナメント進出をかけたスウェーデン戦です。
地元、オーストラリアとの試合前、会場は異様な雰囲気に包まれていました。
20000人近く入る観客席に半分以上は入っていたと思います。本当にたくさんの人が入っていました。
ウォーミングアップでオーストラリアチームが入場してくると、今まで経験したことのない「地響き」がコートを襲いました。
しかし、完全アウェーだろうと、ほとんどの声援がオーストラリアチームに向けられていようと、私は「やっとこの舞台に帰ってくることができた!」と思えたのです。
サッカー時代同様、自分自身が追い求めていた大舞台に。
この時は、体中、鳥肌が立ちました。とにかく嬉しくて嬉しくて、凄く興奮してしまったのです(笑)
こんな最高の舞台で試合ができるとは、事故当時、思ってもいませんでしたから。。
オーストラリアは、前回のアトランタパラリンピックで金メダルを獲得したチームでした。
日本チームとの力の差はあったと思いますが、地元開催のプレッシャーからか、前半は互角の勝負でした。
後半に入り、本来のプレーを取り戻したオーストラリアに力でねじ伏せられ、結局負けてしまいましたけどね。
初めてのパラリンピックの初戦、この時の気持ちは、生涯忘れることはないでしょうね。
続く、2戦目、3戦目、4戦目、は何処と対戦したか全然覚えてないんです。
それだけ、必死で無我夢中だったのでしょうかね??
相手がどうこうより、「1試合、1試合、気持ちで目の前の敵に絶対に負けない!」それだけしか考えてプレーしていませんでした。
正直、この時の私は、技術的な部分で日本代表に残ったというより、メンタルの部分で残っていたようなもんですからね(笑)
シュート場面になっても、打たずに周りの味方を探したり、自らシュート場面に絡まないようにしていましたよ(驚)
今じゃ、全く考えられませんが。。
そんな訳で、予選リーグ最終戦、対スウェーデン戦。
これに勝てば、決勝トーナメント進出が決まる大事な試合でした。
この大会は、毎回ベンチからのスタートでしたが、毎試合必ず出場していました。
ベンチでは相手チームの特徴や選手の癖などを分析しながら、いつでもコートに入れる準備をして出番を待っていたのです。
そして、この試合も途中からの出場。
自分に何ができるか、ベンチでしっかり見ていたので、面白いように自分で思ったことが決まるのです。
流れがよく、これからって時に交代させられ、ふて腐れたことも。。(反省)
しかし、試合の流れはスウェーデンでした。
途中、気持ちの入っていない選手に「渇」を入れ、「ゲキ」を飛ばしたりしましたが、点差を見て諦めたのか、全くプレーに精彩がない。
イライラ、イライラ。
「まだ試合は終わっていないのに、なぜ諦める??これが日本代表か???」
試合終了のブザーが鳴り、コートに倒れこんだ私は、負けた悔しさと、気持ちが入っていない選手たちへの怒りで、コートを殴りつけたのです。
「これが、日本代表?笑わせるな!こんなんじゃねぇ~~!!!!!!」
結局、シドニーパラリンピックは12チーム中9位という成績で幕を閉じました。
しかし、この時の悔しさが、その後の私の行動を変え、日本代表を「絶対に変えてやる!」という、強い意思を芽生えさせてくれたのです。
シドニーパラリンピックから4年。。。
そして私は、再びアテネパラリンピックの舞台に立つことになるのです。
Posted by きゃっする
at 10:00
│Comments(2)



がむしゃらに掴み取ったきゃっするさんだったからこそ
悔しいシドニーの戦いだったんですね。
4年後のアテネは?
1週間が待ち遠しいです。
正直、言葉にすることが難しいので何とも言えないんですけどね…
私も、アテネの話、待ち遠しいです。
そして、北京での活躍も今か今かと待ち遠しい気分でいっぱいです。